第58回 2つの食糧計画

オーストラリア連邦政府が今年、農業生産から消費者までのサプライチェーンに関する初の長期的な食糧政策「全国食糧計画」を発表したのをご存じの読者も多いだろう。アジアへの輸出拡大を中心に据えて、輸出大国としての存在感をさらに増していく意気込みが組み込まれている。

だが、以前このコラムでも紹介した、一般的な国民の声が反映された「国民の食糧計画」では、先の計画が大手農業ビジネスや大手のスーパーの声しか反映されていない“産業”食糧計画であるとやり玉に挙がっている。

この2つの計画の最も大きな違いは、現在の国内の食料供給システムに対する認識だ。「全国食糧計画」では、「安定的・効率的・高い生産性・高品質」など賛美する言葉が並んでいる。一方の「国民の食糧計画」では、農業のみでは生計が立てられないことや、肥満人口が多いこと、大農業流域マレー・ダーリング川流域のかんがい用水の激減、食料供給システムからの温室効果ガスの排出量が多いことなどが指摘されている。

■「政府は市場に介入すべき」

将来へのビジョンはどうだろうか。「全国食糧計画」では「栄養があり、購入しやすい食品へのアクセスを支援する、持続的で世界的に競争力があり、弾力性のある食料供給システムを創出する」とある。一方、「国民の食糧計画」の目指す食料供給システムは「家族経営の農家や労働者に公平で、すべての国民に健康をもたらし、環境を保全するもの」だ。

「全国食糧計画」は、市場に対する介入は最低限に抑えるべきだと考えている上、持続的な生産システムへの移行は非遺伝子組み換え作物の全国展開の意向以外に特に語られてはいない。一方、市場主義では健康的な食品がすべての人に行き渡らないほか、生産者が適切な生活水準を維持できないことから、政府は市場に介入をすべきと主張するのが「国民の食糧計画」だ。

これを調べていて、ふと大学院時代に政府と住民の模擬意見聴取会をクラスで行ったことを思い出した。公務員役の学生らは胸を張って政府案を話し始めたが、住民グループの学生らからの鋭い質問攻撃を受け、徐々に萎縮(いしゅく)していく様子を目の当たりにした。これが現実だったら、もっとシビアだったろう。

必ずしも一般的な国民の理想が、国家や産業にとって正しいとは限らない。オーストラリアでは、カナダでの取り組みに影響を受け、「国民の食糧計画」の作成にたどり着いたようだ。こうした国民目線の取り組みが世界に波及することも考えられる。だが、結局は国の食糧政策をよくするには、政府がいかに国民の声をくみ取れるか、それに尽きるのではないだろうか。

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