第38回 歴史とロマンの地、「南半球のシカゴ」エチューカ

メルボルンから北に車で約3時間。ビクトリア州とニューサウスウェールズ州の州境にあり、マレー川に隣接する人口1万4,200人のエチューカ(Echuca)は、19世紀の半ばから水運の要所として栄えた町だ。当時は主要輸出品だった羊毛を主に運んだが、現在では農業に加えて歴史を生かした観光にも力を入れる。活気あふれる様子からかつて「南半球のシカゴ(Chicago of the South)」と呼ばれた同町を訪れた。

エチューカが水運の要所として開発が進んだ理由は、同川沿いにある拠点として輸出港のあるメルボルンに一番近いことがある。さらに周辺には森林資源が豊富で、波止場の近くで蒸気船(steamer)の建造ができる利点もあった。内陸部にある波止場としては当時国内最大で、シドニー、メルボルンに次いで3番目の規模の港だった。蒸気船がにぎやかに行き交う当時の様子は、同地で撮影された1980年代の人気テレビドラマ「All the River Run」で垣間見ることができる。

経済を振り返る上で外せないのは羊毛だ。18世紀後半に、毛の品質の良さで知られるスペイン産のメリノ種がオーストラリアに持ち込まれ、羊毛産業が発展。「羊の背に乗るオーストラリア」という表現が生まれるほど、輸出産業で大きな地位を占めた。現在でも、オーストラリアは世界の羊毛の30%相当を生産する羊毛大国だ。輸出先もかつての宗主国、英国からアジア向けにシフトし、現在は生産される羊毛の約4分の3が中国向けと、中国市場への依存が強い。

1880年代に建設されたエチューカの波止場は現在は再建され、ディスカバリー・センターとして観光名所になっている。All the River Runの撮影で使用された小道具なども展示されており、観光用に蒸気船も運航されている。最近は水辺のロマンチックな環境が魅力となり、結婚式などのライフイベントの開催や、地元の食材をアピールしたグルメ観光などに力を入れているという。

■カゴメも加工工場

エチューカとは先住民アボリジニの言葉で、「水が集まる場所」という意味だ。大河川マレー川はもちろん、カンパスペ川やゴールバーン川の接点にも近い。エチューカのあるゴールバーン・バレーは、「ビクトリア州の食料庫(Victoria’s Food Bowl)」とも呼ばれる農業地帯で、州の農産物生産高の約25%が作られる。天候がよく降雨にも恵まれる地域で、かんがいも整備されている。トマト栽培に適しており、カゴメのオーストラリア関連会社カゴメ・オーストラリアはエチューカにトマトの加工工場を持つ。エチューカが所属する自治体カンパスペ・シャイアで盛んな農業はトマト栽培のほか、ほかの果樹栽培、酪農、羊や牛の放牧、養豚、小麦栽培と多様だ。

■SPCのふるさと

ゴールバーン・バレーにはエチューカのほか、シェパートン、タトゥーラ、キャブラム(Kyabram)などの農業都市がある。このうちシェパートンは、工場閉鎖の危機を回避した食品会社SPCアードモナの拠点だ。同地の工場では年間8万~9万トンの国産果実を加工し、地元の雇用を支えるほか、住民向けの直売所など、地域とのつながりが強い。それもそのはず。SPCはシェパートン・プレザービング・カンパニーの頭文字で、1917年の創立から、シェパートンの労働者や農家と苦楽を共にしてきた。SPCアードモナは今は飲料大手コカ・コーラ・アマティル(CCA)の傘下企業だが、2002年にSPCとアードモナが合併して誕生した。

シェパートンでは、農業の仕事を敬遠する若者の高い失業率や、違法薬物問題が大きな問題になっている。現在は農業に就く地元の若者を増やすための取り組みを続けているというが、大学進学を期に街を出て行く若者が後を絶たないそうだ。

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