第63回 オーストラリアの自動車産業

最近のオーストラリアン・ファイナンシャル・レビュー(AFR)紙に、ある風刺漫画が載っていた。「ホールデンの労働者」というタイトルで、3人の労働者の1人がホールデン車を前にして、リポートを読み上げている。「ホールデン車は高くて、非経済的で、競争力がない……」。そして別の1人がつぶやく。「で、それに何か問題が?」─。しかしこれがあまり笑えないのは、その労働者のナイーブさはオーストラリアの製造業全体に関わることだからだろう。

 

ホールデンは、戦時中に軍機や戦車などの軍事産業に携わった経緯を持つ、オーストラリアの強さを象徴するメーカーだ。フォード車や日本車がオーストラリア市場に入ってきたのは1964年だが、30年以上、ホールデンの強さは揺るがなかった。

マーケットシェアのトップをトヨタに奪われたのは、1991年になってからだ。オーストラリア市場で15年以上にわたり車種別ランクでトップを続けたホールデンの「コモドア」も、2000年に「マツダ3」にトップを奪われた。ピーク時には2万4,000人を抱えた労働者は現在、7,350人にまで減っている。2017年までに生産を中止すると、約3,000人の労働者が失業するとみられている。オーストラリアを象徴するメーカーが死に至るわけだ。

■セオリー通りの展開に

早晩、オーストラリアの製造業がひん死の状態になることは数年前から指摘されていた。資源輸出に依存したオーストラリアが「オランダ病」に侵されることになるのは自明の理だったからである。

そのセオリーでは、資源輸出が膨れ上がることで自国通貨の相場を押し上げ、製造業の生産性が悪化して輸出が困難となる一方、輸入増をもたらし、製造業の破たんが相次ぐ。物価は高止まりし、失業者が増大して景気が悪化する。資源輸出で得た貿易黒字を背景に、過剰なまでに社会保障を充実させたツケで財政赤字は急増し、予算の硬直性が増大することになる。若者の教育レベルは下がる一方で、行政の汚職もまん延し出す。

■オーストラリアの場合も一項目残らず、まさにセオリー通りになっている。

2000年ごろから中国などの新興国が鉄鉱石や天然ガスの需要を拡大し、それに伴って資源価格が高騰して、資源ブームで景気が潤った一方で、膨大な貿易黒字と共に豪ドル相場が上昇し、製造業の輸出競争力が失われてしまった。

ホッキー財務相もこのほど発表した財政予算の経済・財政中間見通しで、財政赤字が470億豪ドルとなり、このままでは10年後には6,670億豪ドルを超え、雪だるま式に増えると予想している。失業率も来年度には6.25%にまで悪化する見通しだ。前政権の経済政策を批判してきたアボット首相が、いざ政権に就くと手に負えなくなってしまっている。

オランダ病の影響から抜け出す基本的な2つの方策は、豪ドルレートを軟化させるか、製造業の競争力を引き上げることだ。豪ドルはまだ「不快なほど高い」(豪連邦準備銀)水準だが、軟化の兆しはある。だが、肝心の製造業の競争力を引き上げるというのは、一筋縄ではいかない。オーストラリア製造業特有の「労組病」という病に侵されているためだ。

自動車労組が勝ち取ってきた制度には、休日出勤で2.5倍の賃金を得られ、献血すれば4時間分の労働時間とみなされるため金曜午後は献血で退社するなどといった、日本の労働者からすると驚きの制度が盛りだくさんだ。

自分の会社が窮地に陥っている最中に、自分の利益を優先して会社を訴える(しかも労働者が断然有利)。自分の会社が作る車が、非経済的で競争力がないと言われても、「その何が問題なの」という態度がまん延しているようだ。

■国が出資?

さてオーストラリア産業界は、ホールデンから、われらが日系企業の雄、トヨタの動向に注目が移っている。

連邦政府が本気で自国の製造業を支援したいなら、政府が国有の製造業ファンドを設立し、トヨタのオーストラリア事業に49%出資する、くらいしてほしいもの。中国は実際、そうして外国メーカーから学び、自動車産業を育ててきた。製造業を守る国家事業とすれば、国を挙げて生産や研究開発、輸出の支援に取り組める。そしてオーストラリア発の独自ブランド車も創出できる。……かなりの暴論なのだけれど。

西原 哲也NNAオーストラリア社長兼編集長

投稿者プロフィール

早稲田大学社会科学部卒業後、時事通信社入社。外国経済部記者を経て、香港大学大学院アジア研究修士 課程(MAAS)修了。NNA香港版編集長、中国総合版編集長などを経て現職。著書に「進化する香港 競争力ナンバーワンの秘密を探る」(共著・ NNA)、「秘録・華人財閥 日本を踏み台にした巨龍たち」(NNA)、2012年8月に「覚醒中国 秘められた日本企業史」(社会評論社)を上梓。

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